「旧約聖書の思想」−その8−
          「神の言葉と啓示」

林 宣雄牧師

 神は何故、人々に語りかけるのでしょう。
それは、人格的存在だからです。どんなに美しく飾ってあっても、物を言わないのは偶像にすぎません。その人格的働きには言葉が大切な役割を演じます。その言葉の中には人格の心がこめられ、意志が表現されます。神が考え、表わされるところを伝達する方法として言葉がもっとも適切です。人間の間でも言葉をもって話しあわなければ心が通じません。
 神は言葉による啓示ということが聖書の特徴です。人間は向こうから啓示を与えられて神の心を知らされます。啓示において言葉は正しい解説の仕事をはたします。確かなことは神の啓示が人間の言葉として伝えられる。
それが聖書の語る言葉です。文字だけでなしに語りかけとして人間に迫ってくるのが礼拝における「説教」なのです。古代の人々が神の言葉をどう受けとったかは明確ではありませんが、アイヌの伝承文化である口から口への唱和だと想像できます。どんなに雄弁であり内容が豊かであっても、自分の意見を語るのでは説教とはいえないのです。神の語られることを確信をもって伝え、謙遜に受け入れられるものでなければならないのです。旧約の預言者たちが神からの(せま)り、働きかけを受け人々に示し、教え、言葉(説教)として語りかける。その語りかけに動かされて信仰が生起するのです。啓示と応答といえます。

〔2007年7月1日〕