『谷内六郎展覧会夏シリーズより』

林宣雄牧師

 谷内六郎氏が「週刊新潮」表紙絵とそれに添えた言葉はとても、なつかしく少年の頃を想い出させてくれます。いくつか紹介します。

―その1−「かやの峠道」

 ぼくなど小さい時よく()()の中に(ほたる)を放してあそびました。今はあまり蚊帳や螢を見かけないようです。・・・寝ながら蚊帳の天井を見ていると青い麻は深い山となり、赤いヘリのところは峠道に見えたりします。又朝の陽が青い蚊帳にさしこむと、蚊帳の中は海の底に見えたりします。・・・又八畳敷位の蚊帳をたたむ用事を言いつけられた時の感じはまったくやりきれないものです。たたもうとすればズルズルはみ出して重いので整理がつかなくなるのです。私の蚊帳の想い出といえば、弟がおねしょをして蚊帳の青いまだら模様がおしりから背中いっぱいに着色してねむけ瞳で起きてきたので家族みんなが大笑いしたことがありました。

―その2−「エッセイ−(やみ)の夢」

 お盆になるとおろしたての新しい下駄、新しい()(かた)で三キロばかりある電車道の夜店に行きました。花火屋、綿(わた)(あめ)、オモチャ屋、手品屋、金魚屋、色とりどりの店が出るにぎやかな夜店です。・・・ブリキを切り抜いたような鮮やかな一番星が一本杉の上に輝く頃、近所の(とし)(うえ)の女の子は湯あがりに汗しらずの白粉(おしろい)かすかに暗にまいて浴衣のたもとに小銭をちゃらちゃらさせながらさそいに来たのです。夜店で氷イチゴを食べたり、花火を買ったり、あそ(つか)れて帰る頃、ただカエルの鳴き声だけがザワザワひびく帰り道、小川のふちにある木にホタルが鈴なりに木の枝をたれ下げてしまうほどに群れになって光っておりました。

 谷内六郎氏は好んで望遠鏡を逆にのぞいて事物を遠かせたり鏡を目の真下に持ち天井を写したりした。この種の幼児の驚きと恐怖感を大人になっても持ち続けた。 私にもどこかそんな気分が今もあります。

                                             

 〔2005年8月28日〕