『時超え「光」畳の上に』

              牧師 林 宣雄

 カトリック宮津教会はステンドグラスの光が差す

()(よう)(せっ)(ちゅう)の空間を(うつ)し、シルエットを刻む。聖堂の中に太いケヤキの柱、畳の上に()すと祭壇に向かって祈りの心となる。この聖堂は明治29(1896)献堂以来、創建時のままの姿である。フランスのルイ・ルラーブ神父が聖像、ステンドグラス、祭壇、聖具などを取り寄せ宮津の大工が建てた。

 「プロテスタントの宗教建築」(B・レモン著、黒岩俊介訳/教文館刊行)の第6章 礼拝空間の構成、第7章 薄闇と光と色彩を参照する。西洋では、暗闇を多くするか、光を多くするかで議論がなされてきた。「ステンドグラスは光を吸入し、放出する。光は像の上に降りそそぐのではなく、それから発散する。光は像に内在する不可欠な絵画的要素である。ガラスは空間を開くとともに閉じるという二重の性質をもっている。」カトリック教会のステンドグラスから投射する光は神そのものの光と神秘的に合流するよう誘うようなものである。それに対して、宗教改革では「光は闇に輝く」の標語のもと、プロテスタント教会の初期の建築家たちは、礼拝の必要のために建てる建物のなかに日の光が、それも可能なかぎり多くの光が入るようにした。

 日本の色と光と風のデザインという美空間は京都町家の静かな(たたず)まいに見られる。町家からこぼれる明かりはやさしく暖かい。町家には、明かり取りにもなり風通しの役目を担う「坪庭」がある。夕日が柔らかく坪庭に射しこむ。(すだれ)の影が風にゆれて目に涼しい。座敷にある腰高の(ゆき)()(しょう)()を通して、月の明かりで照らされた坪庭の風情を楽しめる。

 (ことば)の内に(いのち)があった。命は人間を照らす光であった。光は(くら)(やみ)の中に輝いている。暗闇は光を理解しなかった。」
             
(ヨハネによる福音書第一章4節・5節)

                       〔2005年6月19日〕