『売られる子ども』

                        林 宣雄 牧師

 日本の古代社会では「子ども」はどう扱われていたのか。農民の子どもが家父長のため売られて奴隷となる。奴隷とされた子どもは売買された。当時、稲作には牛が使われていたが、牛飼いは多くは男の子たちの仕事であった。女の子たちは桑の葉を()んだり、(かいこ)の世話などをしたのである。万葉集の歌に「(から)(ころも)(すそ)に取り付き泣く子らを置きてぞ来ぬや母なしにして」という歌がある。妻を失った防人(さきもり)が、衣の裾に取りついて泣く子どもを置いて出発する悲痛な気持ちをうたった。

 山上憶良(おくら)は、農民のみじめな苦しい生活をあたたかい心でくわしく描いた 「貧窮(ひんきゅう)問答歌」を「万葉集」におさめている。

「風(まじ)り 雨降る夜の 雨(まじ)り雪降る夜は 

(すべ)もなく 寒くしあれば 吾よりも 

貧しき人の 父母は()え寒からむ 

妻子(めこ)どもは 乞ひて泣くらむ この時は

いかにしつつか 汝が世は渡る」

平安時代の歴史物語の一つである「大鏡(おおかがみ)」にも、子どもを持っていた銭で買う場面が記されている。

 現在、世界の各地で特に、貧しい国々では「子ども」の売買がおこなわれている。

「心を入れ()えて子どものようにならなければ、決して神の国に(はい)ることはできない。」

                   マタイによる福音書183


                    〔2006年1月22日〕