『自分に向かって旅立つ』

 

林 宣雄牧師

 

 「現在社会は『持つ文化』(E・フロム)の時代だと、よく言われます。人間を評価するのに持っているもの一地位や財産、学歴や教養などが基準とされる。人格にひそむ内面的な価値を一般的に低い流通価値しかあたえられていない。」(富田光雄氏の「内面への旅」より)

 自分のほんとうの人生とは。私は「何ものか」という問いです。おそらく多くの人たちは社会的な地位や役割を失ったり、終えた時に、この問いに孤独になります。多くの人々は見せかけの生活をそのまま送り、人生のたそがれの時になって、気づくのです。

 万葉の歌人たちは

世の中は空しきものと知る時しいよよますます悲しかりけり」
ああああああああああああああああああ(大伴旅人)

「世間を何に譬へむ朝びらき漕ぎ去にし船の跡なきがごと」
あああああああああああああああああああ(満誓)

「春さればまづ咲く宿の梅の花独り見つつや春日暮さむ」
ああああああああああああああああああ(山上憶良)

「人は、たとえ全世界を手に入れても
ああああああ自分の命を失ったら、何の得があろうかああああああああああああああああ(マタイ第16章26節)

               〔2006年5月21日〕