『ゆで卵の信仰』

 

林 宣雄牧師

 

 「その信心深い老婆の姿に、私はドイツのオーマ(おばあちゃん)を思い出した。第二次世界大戦で夫と息子を失ったその老婦人は…わたしの恩人だった。あるとき、朝食の席で、オーマのつくるゆで卵の半熟がわたしの好みにぴったりだったので、どのくらい時間をかけるかを聞いた。『それはね、天にまします(主の祈り)を一回となえる時間だよ』オーマはなんのためらいもなくそうこたえた。」(日本人と神/福田勤より)

苦しんでいる人々に手を差し伸べている復活のキリストのレリーフは、くすんだ銅の色で、なんとなく仏像のようだ。聖堂を出るとき、おばあさんは「ナミアミダブツ、南無阿弥陀仏」と唱えて手を合わせた。

二人の老婆の生き方は、生活そのものが神なり仏なりへの信頼に生きる雰囲気にあった。

信仰の姿勢はすべての人々が神への信頼に生きることから生じるものであろう。

「実に、人は心で信じて義とされ、口で公に言い表して救われるのです。」
aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa(ローマの信徒の手紙第10章10節)

                〔2006年5月28日〕