「ヒロシマ・ナガサキ」と平和について

 

林 宣雄牧師

 

 1945年8月6日午前8時15分、一発の原子爆弾が(さく)(れつ)した。「ヒロシマと平和の福音」(新教出版社発行)という本に著者であり、被爆者であった宗藤尚三氏が自らの体験を証言している。広島で数少ない被爆牧師の一人として被爆証言の原点として原爆()(れい)()の碑文の意味を問うている。その碑文とは「安らかに眠って下さい。あやまちは繰返しませんから」という言葉である。この言葉はアジアへの加害者としての侵略戦争を告発し原爆投下という無差別大量殺りゃくを行った罪を告発し、二度と同じあやまちを繰り返さぬことを原爆犠牲者に誓ったものである。

 1952年(昭和27年)広島で開催された世界連邦アジア会議に出席したインドのパール博士の発言に「あやまちは繰返しません」ではなく「あやまちは繰返させませんから」と訂正すべきであるとした。パール博士は極東軍事裁判の日本戦犯の弁護人であった。

 広島10フィート運動というのがある。アメリカの教会に「にんげんをかえせ」と上映を続け対話の旅を続けた宗藤尚三氏は原爆記録映画を観たことのないアメリカ人から次のような言葉をもらったという。「私は何も知りませんでした。どうか許して下さい。」と泣きながら()びられた。1961年に国連総会で「核兵器使用は国連憲章に違反する」という決議がされたことの意義を考えましょう。

                 〔2006年8月6日〕