『日本のバプテスト』

1873(明治6)年2月7日、ネイサン・ブラウン、ジョナサン・ゴーブル両夫妻が、アメリカ北部バプテスト伝道協会から派遣されて、横浜に到着しました。わたしたちはこの日を記念して2月の第一日曜日を「バプテスト・デー」として守っています。同年32日にブラウン、ゴーブル両夫妻によって横浜に日本最初のバプテスト教会、すなわち横浜第一浸礼教会が設立されました。(プロテスタントで2番目)現在の横浜バプテスト教会の前身になります。じつは、日本におけるバプテストの伝道開始は、それに先立つこと十数年、1860(万延元)年、アメリカ自由バプテスト伝道協会の宣教師としてジョナサン・ゴーブル夫妻来日しています。彼らは「キリシタン禁制」の大変困難な時代に、伝道しており、1871(明治4)年、日本国内で最初に日本語訳聖書「摩太福音書」(マタイ福音書)を、1879年(明治12)年には日本における最初の新約聖書全訳完成出版しました。

 1872(明治5)年春、アメリカ北部バプテスト伝道協会は、日本伝道の急務を痛感し、ネイサン・ブラウン博士夫妻たちの派遣を決議しました。博士はすぐれた言語学者で、来日以前にすでにミャンマー(ビルマ)やアッサムにおいて開拓伝道をし、1848年には、アッサム語訳新約聖書を完成しています。このようにバプテストは日本における聖書和訳にも画期的、先駆的な働きをしてきました。 

 文:(日本バプテスト同盟 信徒の手引きP21〜引用)


〔2006年2月5日〕