「歴史をみる眼」−その1−

 

林 宣雄牧師

 

 前回、歴史への問いについて問題を提起した。そのことは、歴史をどう見るか、歴史をどこまで、いかに解釈し、解決しなければならないか、という問題になる。歴史解釈の図式として次の種類とパターンがある。

 実証史学的解釈法とは、記録としての歴史を観察し、見較べて歴史像を浮かび上らせようとする方法である。明らかに自然科学が発見するのと同じ因果律が歴史現象の間にも働いていると予想されていた。17世紀の近代的歴史学の創始者ライプニッツ18世紀のヴォルテールモンテスキュー、チュルゴー、コンドルセーなどによって歴史研究の批判的方法の背後には、人間精神の歴史的発展という<進歩の図式>が前提されていた。自然科学の発達や個別科学の諸発見、産業革命やフランス革命という人類社会の政治的経済的進歩の証跡がこの信念の裏付けとなった。

 ブルジョワ社会の最盛期にヘーゲルが形而上学を歴史化させ、全体としての世界史を世界精神の弁証法的展開として読みとり、コントが人間精神の知的発展の三段階説−神学的擬制的段階、形而上学的抽象的段階、科学的実証的段階−を提示した。19世紀は<歴史の世紀>といわれるほどに、歴史主義が最盛期を迎えた。ヘーゲル哲学とコント社会学によって鼓吹された歴史観は経済史、政治史、宗教史等あらゆる領域への探求となった。


〔2006年10月8日〕