「歴史をみる眼」−その2−

 

林 宣雄牧師

 

 歴史とは<史学的なもの>ときめこんでいるが、神話や口碑などが語ろうとする非史学的なもの、ないし前史学的なものが秘められている。それの方が歴史の謎を解くにずっと役立つのである。アーノルド・J・トインビーは神話が歴史の赤い糸に眼を見開かせるものとして高く評価する。彼は「試練に立つ文明」の書き出しで、歴史=地理学的研究法をやめて、あらゆる文明の崩壊の原因である戦争を克服する鍵を<神話>に求めるようになったと告白している。神話は、何ら特定の時にも場所にも縛られない。神話は時の中で具体的に生起した歴史の真理を述べるようとするのではなく、無時間的、非歴史的な一般真理の物語ふうの叙述形式である。神話の概念のほかに、なおそれと厳密に区別されるべき口碑、伝説、(いつ)()など諸概念がある。歴史のうちの史学的な面と非史学的な面という両要素のどちらも喪失しない第三の概念として神学的解釈法がある。旧約の創造歴史はP典、J典という二つの資料から成り立つ。きわめて具体的な時間的に生起した歴史、いっさいの歴史の構成的な起源の歴史について報告しようとしている。歴史の根源と目標、創造と契約、墜落史と救済史などーを無歴史的にか超歴史的にか考えないで、まったく史学的なものに関連させるものとして(とら)え、それを保ち、担い、支え、導き、成就するものとして解明する方法が神学的解釈法なのである。


〔2006年10月15日〕