宣教における「農」の位置

 

林 宣雄牧師

 

 木津キリスト教会が1904年頃からアメリカ・バプテスト派宣教師等により伝道が開始され、1908年、木津講師所(木津会館)を設置した。その当時、当地は農村地域であり、当然のこととして、宣教師等は「農」を意識していたはずである。都市は伝道しやすく農村は伝道が困難である。伝道を効率的に考え、人の集まりやすい所に伝道をした方がすみやかに自給は達成される。アメリカ・バプテスト派宣教師たちは、必ずしもそうは考えなかったようです。日本のバプテストは明治6年(1873年)横浜の地に教会が設立されている。明治政府が打ち出した土地制度改革のための布告・通達の流れで注目されるのが「地租改正条例」である。農民は土地の所有を認められたものの、この地租改正により新たに地主となった者が小作へと転落することになる。農村伝道の初期において「各主(後の地主)」が伝道の対象となった。この人々が農村教会の形成を担った。この地主たちも国家の農業政策である天皇制に基づいた地主制度に組み込まれ、国家主義を実現するよう農村に働きかける責任者となった。農村の地でキリスト教信仰を持ち続けるには根本的に矛盾だったのである。農民福音学校とか三愛農業には別の機会に紹介したい。今日「農村伝道」という特定(がい)(ねん)も確立されていない。

〔2007年4月22日〕