「旧約聖書の思想」−その4−

霊と肉について

 

林 宣雄牧師

 

 聖書には、肉体とその働きを低くみるという考えかたはありません。その意味では霊肉二元論ではない。旧約には、骨や肉で喜びを表わす表現もあります。((しん)(げん)3・8)人間の精神についての用語についても、神によって人間は「生きる者となった」(創2・7)とあります。その場合の「者」とはネフェシュという言葉で、これは「魂」「命」と訳される。魂という場合、自分をさす事例が多い。(例えば、詩編23)魂は人間の一部ではなく全体で、肉もまた同じです。霊という場合別にルーアッハという用語がある。風とか息とか訳される。人間をその精神と肉体という二面で考えるのではなく、神の働きかけで人間は全体的に生き働くと考えられている。

 そのことは魂は死んでも霊は死ぬものではなく神に帰る。
                 (コヘレト12・7)

 肉という用語で人間の営みの全体を、神とそのみわざに対照していう場合がある。(イザヤ31・3)人間の男女の関係、夫婦一体のありかたとして「骨の骨」「肉の肉」(創世記2・23)という表現もあります。

 アダムという語が「人間」を表わす集合名詞です。アイヌという言葉も「人間」を表わす言葉です。個人の行為は家族や部族にも影響を与え、反対に民族は個人を規制した。
                 (民数16章参照)

〔2007年5月20日〕